四五「心の皺を」

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先生、ハルカちゃん、こんにちは。

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こんにちは。今日もよろしくお願いします!

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ヒカルくん、ハルカちゃん、こんにちは。今日は天理教学生会の「運営委員会がおすすめする逸話篇」から、四五「心の皺を」の逸話に学ばせてもらいましょう。

今回のポイント
どんな人でも親神様のお話や教祖(おやさま)の教えを何度も聞かせていただくことで、たすけていただける。さらには、「をや」のお働きで癖・性分を抑えていただき、たすけ一条のご用にお使いいただける。

四五 心の皺を


教祖は、一枚の紙も、反故(ほうぐ)やからとて粗末になさらず、おひねりの紙なども、丁寧に皺を伸ばして、座布団の下に敷いて、御用にお使いなされた。お話に、

「皺だらけになった紙を、そのまま置けば、落とし紙か鼻紙にするより仕様ないで。これを丁寧に皺を伸ばして置いたなら、何んなりとも使われる。落とし紙や鼻紙になったら、もう一度引き上げることは出来ぬやろ。

人のたすけもこの理やで。心の皺を、話の理で伸ばしてやるのやで。心も、皺だらけになったら、落とし紙のようなものやろ。そこを、落とさずに救けるが、この道の理やで。」

と、お聞かせ下された。
ある時、増井りんが、お側に来て、「お手許(てもと)のおふでさきを写さして頂きたい。」 とお願いすると、

「紙があるかえ。」

と、お尋ね下されたので、「丹波市へ行て買うて参ります。」 と申し上げたところ、

「そんな事していては遅うなるから、わしが括(くく)ってあげよう。」

と、仰せられ、座布団の下から紙を出し、大きい小さいを構わず、墨のつかぬ紙をよりぬき、御自身でお綴(と)じ下されて、

「さあ、わしが読んでやるから、これへお書きよ。」

とて、お読み下された。りんは、筆を執って書かせて頂いたが、これは、おふでさき第五号で、今も大小不揃いの紙でお綴じ下されたまま保存させて頂いている、という。

『稿本天理教教祖伝逸話篇』 79ページ
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先生、教祖は紙をとても大事にされたんですね。

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そうですね。でも、このお話の中で大事なポイントは、親神様・教祖が私たちに望まれる「人だすけ」のあり方についてお示しくださっている部分です。

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そっか、結構大事そうな内容ですね。

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先生、お話の中で出てくる「おひねり」というのは何ですか?

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昔は、神仏に金銭や洗米をお供えする時やご祝儀のお金を渡す時に、白い紙に包んで上の部分をひねって閉じたものを使いました。
それを「おひねり」と言います。
「反故(ほうぐ・ほご)」は分かりますか?

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「反故」は、「書きそこなったりして不要になった紙。 役に立たなくなった物事」(デジタル大辞泉)とあります。

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落とし紙は、「便所(トイレ)で使う紙」のことですよね?
昔は、水洗トイレじゃなかったから、トイレで使った紙は落とすイメージだったのかな?

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二人とも素晴らしいですね!
教祖は、お菓子の包み紙や小銭を包むおひねりの紙など、しわだらけで人が「もう要らんもの。役に立たないもの」として見向きもしないようなしわだらけの紙を、一枚一枚丁寧に伸ばしてお座布団の下に敷いておかれて、何かのご用の時には、その紙をお使いになったということなんです。

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お座布団の下に敷かれていたなんて、なんだか親近感が湧きますね!

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そうですね。教祖は「落とし紙や鼻紙になったら、もう一度引き上げることは出来ぬやろ。人のたすけもこの理やで。」と仰っています。
さらに、「心の皺を、話の理で伸ばしてやるのやで。心も、皺だらけになったら、落とし紙のようなものやろ。そこを、落とさずに救けるが、この道の理やで。」と仰せられています。

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心がしわくちゃになる感じって、なんか分かる気がします。

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そうですね。しわっていうのは、ちょっと伸ばしても、すぐに元に戻ってしまいますから、人間の心の良くない癖や性分に似ていますね。

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なるほど。そういう良くない癖や性分でしわだらけになってしまった心を、神様のお話や教祖の教えを何度も聞かせていただくことによって伸ばすんですね?

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そうです。また、伸ばしたしわが元に戻らないようにと、教祖御自らが重しとなってくださっている点も大事なポイントです。
心のしわは、ほこりの心遣い、癖・性分、いんねんといったものが原因ですから、いくら話の理でしわを伸ばしても、すぐに元に戻ってしまうことがあります。
そこで、おさづけおつとめを通して「をや」のお働きで押さえていただく。
つまり、親神様・教祖に重しになっていただくのだと悟れるのではないでしょうか。

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なるほど! 「人だすけ」って言っても、お道の「おたすけ」は、親神様・教祖にお働きいただいて、たすけていただくものなんですね。

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人が「もう要らんもの。役に立たないもの」と見なして邪険に扱うような場合でも、実はまだ完全に役に立たないわけではない。
そういうまだ落ち切ってはいない、たすかる可能性のあるものを、なんとか引き上げて、また誰かの役に立てるようにたすける。
それが、親神様・教祖が私たちにお望みくださる「おたすけ」なのだということでしょう。

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すごい! 親神様・教祖の親心の深さに感動しました。

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先生、さらにお話が続きますね?

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そうです。当時は、「おふでさき」といっても今のような印刷した本はありませんので、教祖から原本をお借りして書き写していたんです。
親神様直々のお言葉を書き写す尊いものですから、きっと増井りん先生も、一番上等の紙を買ってきて、書き写させていただこうと考えておられたことだろうと思います。
しかし、教祖は「そんな事していては遅うなるから、わしが括ってあげよう。」と仰せられ、座布団の下の紙を出して、教祖がご自身でおとじくだされたのです。

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座布団の下の紙って、例の「反故」の紙ですよね?

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そうなんです! その「おふでさき」の写しが、今も大小不ぞろいの紙でおとじくだされたまま、道の宝として保存されているということですから、最終的に、神様の大きなご用に使っていただけるまでに引き上げていただいたということになりますね。

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まるで、新しい命をお与えいただいたみたいですね。

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少し難しく感じますけど、それが親神様・教祖の願いなんですね。

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