第2回 教典とは何?②

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はじめに

前回ぜんかい、教典きょうてんには全部ぜんぶで十章じっしょうあり、第一章だいいっしょうから第五章だいごしょうまでが「前篇ぜんぺん」、第六章だいろくしょうから第十章だいじっしょうまでが「後篇こうへん」であることを説明せつめいしました。まずは、全体ぜんたいの流ながれを確認かくにんするために、各章題かくしょうだいをあげてみましょう。

前篇ぜんぺん(教理きょうりについて)

第一章だいいっしょう おやさま

第二章だいにしょう たすけ一条いちじょうの道みち

第三章だいさんしょう 元もとの理り

第四章だいよんしょう 天理王命てんりおうのみこと

第五章だいごしょう ひながた

後篇こうへん(信仰しんこうの順序じゅんじょについて)

第六章だいろくしょう てびき

第七章だいななしょう かしもの・かりもの

第八章だいはっしょう 道みちすがら

第九章だいきゅうしょう よふぼく

第十章だいじっしょう 陽気ようきぐらし

以前いぜんにもお話はなししましたが、前篇ぜんぺんは教理きょうりの治おさめ方かたについて書かかれており、後篇こうへんは信仰しんこうを深ふかめていく具体的ぐたいてきな順序じゅんじょについて書かかれています。


01. 前篇ぜんぺんの流ながれ

まず、教典きょうてんの前篇ぜんぺんをみてみましょう。

第一章だいいっしょう「おやさま」

第一章だいいっしょうは、教祖おやさまのお立場たちばについて書かかれています。教祖おやさまは「神かみのやしろ」であり、「ひながたの親おや」であります。つまり、教祖おやさまのお口くちを通とおして、初はじめて親神様おやがみさまの思召おぼしめしをお伝つたえくださり、すべての人間にんげんの生いきる手本てほんを自みずから通とおってお示しめしくださったということです。

また、教祖おやさまは現身うつしみをかくされましたが、今いまも存命ぞんめいのまま、私わたしたちを導みちびいてくださっています。そしてその教祖おやさまのお心こころは、世界中せかいじゅうの人々ひとびとをたすけあげたいという、たすけ一条いちじょうにあったというところで結むすばれています。

第二章だいにしょう「たすけ一条いちじょうの道みち」

第二章だいにしょうにおいては、その具体的ぐたいてきな進すすめ方かたが教おしえられます。それは「つとめ」と「さづけ」です。ぢば・かんろだいを囲かこんで勤つとめる「つとめ」と、各地かくちの教会きょうかいなどで行おこなわれる「つとめ」。そして併あわせて、病気びょうきで苦くるしむ人ひとにたすかってもらいたいと、一人ひとりひとり個々ここに取とり次つぐ「さづけ」についても書かかれています。

第三章だいさんしょう「元もとの理り」

第三章だいさんしょうに入はいると、こうした「つとめ」を勤つとめることで、なぜたすかっていくのか、という根本こんぽんの理りが明あかされます。人間世界にんげんせかいの創造そうぞうに関かんする壮大そうだいな「元もとはじまりの話はなし」です。最初さいしょは難むずかしく感かんじるかもしれませんが、これはすべての教理きょうりの根幹こんかんとなる大切たいせつなお話はなしです。

第四章だいよんしょう「天理王命てんりおうのみこと」

第四章だいよんしょうでは、「元もとの理り」から導みちびき出だされる、親神天理王命おやがみてんりおうのみことのご守護しゅごが紹介しょうかいされます。私わたしたちの身みの内うち(身体からだ)をはじめ、世界せかいの隅々すみずみにまでゆきわたるご守護しゅごを明あきらかにし、親おやなる神かみがどれほどの親心おやごころを注そそいでくださっているかを知しることができます。

第五章だいごしょう「ひながた」

第五章だいごしょうは、教祖おやさまの道みちすがらについてです。特とくに、教祖おやさまが神かみのやしろとなられてからの50年ねんの道みちのりが詳くわしく書かかれています。「ひながた」とは、教祖おやさまご自身じしんが教おしえを実行じっこうして示しめされた、人間にんげんの生いきる手本てほんとなるもの。ですから、前篇ぜんぺんの「教理篇きょうりへん」と後篇こうへんの「信仰篇しんこうへん」をつなぐ、とても重要じゅうような章しょうです。


02. 後篇こうへんの流ながれ

さて、後篇こうへんはどのようなものでしょうか。ここでは、前篇ぜんぺんの教理きょうりをもとに、私わたしたちがどのように「陽気ようきぐらし」へと向むかうかの手順てじゅんが書かかれています。

第六章だいろくしょう「てびき」

第六章だいろくしょうにおいては、日々にちにちの生活せいかつで起おきる私わたしたちの身上みじょうのわずらいや事情じじょうのもつれを、神様かみさまからの「手引てびき」として捉とらえます。私わたしたちにとって身上みじょう・事情じじょうはつらいものですが、その人生じんせいの節ふしから芽めを吹ふかせるごとく歩あゆみを進すすめていきます。心こころの成人せいじんを促うながされる親神様おやがみさまの親心おやごころを知しることができます。

第七章だいななしょう「かしもの・かりもの」

第七章だいななしょうでは、私わたしたちの身みの内うち(身体からだ)は神様かみさまからの借かりものであり、心一こころひとつが自分じぶんのものであるという日々にちにちの指針ししんとなる教おしえを学まなびます。「をしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、はらだち、よく、こうまん」といった心こころのほこりを払はらい、ご守護しゅごを頂いただく道みちを求もとめていきます。

第八章だいはっしょう「道みちすがら」

第八章だいはっしょうは、信仰者しんこうしゃの歩あゆみについてです。「十全じゅうぜんのご守護しゅご」や「八やっつのほこり」に加くわえて、いま頂いただいているご守護しゅごに感謝かんしゃする「たんのう」の心こころや、その感謝かんしゃのあらわれである「ひのきしん」という行おこないを学まなび、信仰生活しんこうせいかつの土台どだいを築きずきます。

第九章だいきゅうしょう「よふぼく」

第九章だいきゅうしょうでは、陽気ようきぐらし世界せかいを創つくるための用材ようざいである「よふぼく」(用木ようぼく)の役割やくわりが教おしえられます。志こころざしを同おなじくする者ものが集あつまり、その中なかから芯しんとなる人ひとが教会長きょうかいちょうとなり、教会きょうかいが設立せつりつされます。そして世界各地せかいかくちに陽気ようきぐらしの手本てほんを映うつし出だしていくことになるのです。

第十章だいじっしょう「陽気ようきぐらし」

最後さいごの第十章だいじっしょうでは、親神様おやがみさまがのぞまれる「陽気ようきぐらし」とはどういう世界せかいなのかについて学まなびます。そのために欠かかせない「勇いさんだ心こころ」「一手一ひとつひとつの心こころ」などの心こころの治おさめ方かたについて書かかれています。さらには締しめくくりとして、全十章ぜんじっしょうの教典全体きょうてんぜんたいのまとめが記しるされています。


今回こんかいの語かたり合あいテーマ

グループを作つくって、次つぎのような話はなしをしてみましょう。
心こころの中なかで自分自身じぶんじしんに問といかけてみるのも良よいかもしれません。

テーマ
  • 今回こんかいの話はなしを読よんで、「これはどういう意味いみかな?」と疑問ぎもんに思おもったことはありましたか?
    まずはそれをプリントに書かき出だし、周まわりの人ひとや先生せんせいなどに「この言葉ことばは、どういう意味いみですか?」と投なげかけてみましょう。
  • 全十章ぜんじっしょうの中なかで、今いまのあなたの心こころに「なるほど」と感かんじた、あるいは「なんだか気きになるぞ」と思おもった章しょうはどれですか? その理由りゆうもあわせて、友達ともだちと話はなし合あってみましょう。
  • 教典きょうてんは第十章だいじっしょう「陽気ようきぐらし」に向むかって進すすんでいきますが、あなたにとって、「陽気ようきぐらし」とは、どんなイメージですか?

皆みなさんの声こえを聞きかせてください 

この連載れんさいは、私わたしが一方的いっぽうてきに話はなす場ばにしたくはありません。みなさんが感かんじたことや、ふとした疑問ぎもんや「どうして?」と思おもったことを、ぜひ聞きかせてください。どんなに些細ささいなことでも、まとまっていなくても大丈夫だいじょうぶです。
素直すなおな感想かんそうや疑問ぎもんを、学生担当委員会がくせいたんとういいんかいの広報部こうほうぶまで届とどけてください。
みなさんの言葉ことばが、この連載れんさいにとってとても大切たいせつなものになります。みなさんとのやり取とりを、心こころから楽たのしみに待まっています。

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