第一章 おやさま ③ 「存命の理」#05

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はじめに

これまで「月日つきひのやしろ」「ひながたの親おや」という教祖おやさまの二ふたつのお立場たちばについて説明せつめいしてきました。今回こんかいは三みっつ目めの「存命ぞんめいの理り」についてお話はなしを進すすめていきます。


01.つとめの急せき込こみ

当時とうじは、信仰しんこうの自由じゆうが今いまほど認みとめられておらず、教祖おやさまや信者しんじゃたちは、教おしえを広ひろめたり、おつとめを行おこなったりすることで、警察けいさつから厳きびしい取とり締しまりを受うけていました。教祖おやさま自身じしんも、たびたび警察けいさつに連つれて行いかれ、監獄かんごくに入いれられることがありました。
そうした世間せけんのさまざまな激はげしい迫害はくがいのなか、教祖おやさまは一貫いっかんして「つとめをせよ」と急せき込こまれました。けれども、つとめをすれば、ご高齢こうれいの教祖おやさまがまた警察けいさつや監獄かんごくに連つれて行いかれることになります。そのため、人々ひとびとは教祖おやさまの身みを案あんじ、なかなかふみ切きれなかったのです。

そうしているうちに、教祖おやさまのご身上みじょうが次第しだいに差さし迫せまってきました。そこで、これは一体いったいどういう親神様おやがみさまの思召おぼしめしなのかと、教祖おやさまにお伺うかがいします。そのようなことが幾度いくどとなく繰くり返かえされました。こうした人々ひとびとと教祖おやさまとの問答もんどうは、『稿本こうほん天理教てんりきょう教祖伝きょうそでん』で詳くわしく読よみ解とくことができます。
この問答もんどうのなかで教祖おやさまは、つとめをするという真実しんじつの心こころを定さだめることの大切たいせつさを諭さとされたうえで、なおも人々ひとびとの心こころの成人せいじんを促うながしました。

そして、人々ひとびとの心こころが定さだまり、明治めいじ20年ねん陰暦いんれき正月しょうがつ26日にち(陽暦ようれきでは2月がつ18日にち)に「おつとめの時とき、いかなる干渉かんしょうがあっても、命いのち捨すててもという者もののみ、おつとめをせよ」との初代しょだい真柱様しんばしらさまのお言葉ことばを受うけ、午後ごご1時じごろの真まっ昼間ぴるまに、人目ひとめもはばからず、鳴物なりものを入いれて堂々どうどうとつとめに取とり掛かかりました。

当日とうじつは、何千人なんぜんにんもの参拝者さんぱいしゃがいましたが、ついに巡査じゅんさは一人ひとりもやって来きませんでした。つとめを最後さいごまで無事ぶじに終おえることができたのです。これは人々ひとびとにとって、驚おどろくべき出来事できごとでありました。
しかし、教祖おやさまは、陽気ようきな「みかぐらうた」の音ねを満足気まんぞくげに聞ききながら、ちょうど十二じゅうに下くだりの最後さいごのお歌うたが終おわる頃ころ、眠ねむるがごとく、現身うつしみをお隠かくしになられたのです。


02.教祖おやさま存命ぞんめいの理りとは

人々ひとびとは、つとめをすれば、教祖おやさまは必かならず元気げんきになってくださると思おもっていました。また教祖おやさまは、以前いぜんから115歳さい定命じょうみょうと仰おおせになっていたので、115歳さいまでおいでくださるものと堅かたく信しんじていました。それが思おもいがけなくも、90歳さいで現身うつしみを隠かくされたので、人々ひとびとの嘆なげきとやるせなさは相当そうとうなものでありました。
人々ひとびとは、飯降伊蔵いぶりいぞう先生せんせいを通とおして親神様おやがみさまの思召おぼしめしをお伺うかがいします。すると次つぎのような「おさしづ」がありました。

「子供こども可愛かわいい故ゆえ、をやの命いのちを二十五にじゅうご年ねん先さきの命いのちを縮ちぢめて、今いまからたすけするのやで。しっかり見みて居いよ。今いままでとこれから先さきとしっかり見みて居いよ。」

「教祖おやさまが25年ねん先さきの命いのちを縮ちぢめて、90歳さいでお隠かくれになったのには理由りゆうがある。教祖おやさまの姿すがたがあれば、教祖おやさまが連つれていかれると思おもって、つとめをすることができない。それではいつまで経たっても、世界せかいの人々ひとびとはたすからない。だから、子こどもである人間にんげんが可愛かわいいゆえに、教祖おやさまは姿すがたを隠かくして世界中せかいじゅうをかけ巡めぐり、これからたすけをする。そして不思議ふしぎなご守護しゅごとともに、伸のびゆくお道みちの姿すがたを見みて、教祖おやさまが存命ぞんめいで働はたらいているということを、心こころから納得なっとくしてほしい」と、このように述のべておられるのです。

みなさんの手元てもとにある『天理教てんりきょう教典きょうてん』を開ひらいてみてください。第一章だいいっしょうの最後さいごのところに、教祖おやさまのことについて述のべられた一節いっせつがあります。

「一いちれつのたすけを急せき込こむ上うえから、姿すがたをかくして、存命ぞんめいのまま、恆つねに、元もとのやしきに留とどまり、扉とびらを開ひらいて、日夜にちやをわかたず守護しゅごされ、一いちれつ子供こどもの上うえに、尽つきぬ親心おやごころをそそがれている。」(13〜14ページ)

「一いちれつ」(一列いちれつ)という言葉ことばは、特とくに江戸時代えどじだいや明治時代めいじじだいには「一同いちどうそろって」「等ひとしく一様いちように」「みんな」「同おなじ仲間なかま」といったことを意味いみしていました。現在げんざいとは少すこし用法ようほうが異ことなります。それを意識いしきして読よむと、教祖おやさまのお言葉ことばの味あじわいがすごくよく分わかってきます。「世界せかい一いちれつ」や「一いちれつきょうだい」など素晴すばらしい表現ひょうげんがお道みちにはあります。

教祖おやさまは姿すがたを隠かくされましたが、今いまもなお、そしていついつまでも、元もとのやしきにとどまり、さらには世界中せかいじゅうをかけ巡めぐって、夜よるも昼ひるも絶たえ間まなく子こどもである私わたしたち人間にんげんを導みちびき、ご存命ぞんめいでお働はたらきくだされているのです。そのことを、私わたしたちは「存命ぞんめいの理り」と申もうし上あげています。

次回じかいは、第二章だいにしょう「たすけ一条いちじょうの道みち」です。教祖おやさまがつけられた「たすけ一条いちじょうの道みち」とは、具体的ぐたいてきには「つとめ」と「さづけ」です。「つとめ」とは、どのようなものなのか、なぜ大切たいせつなのか。また、個人こじんの身上みじょうに取とり次つぐ「さづけ」の理りについても説明せつめいしていきます。


今回こんかいの語かたり合あいテーマ

グループを作つくって、次つぎのような話はなしをしてみましょう。
心こころの中なかで自分自身じぶんじしんに問といかけてみるのも良よいかもしれません。

テーマ
  • 教祖おやさまを拝はいする時とき、あなたはどのようなことを感かんじますか?
  • 今いままでお道みちを通とおる中なかで、存命ぞんめいの教祖おやさまの温ぬくもりを感かんじたことはありますか?
  • 今いま、教祖おやさまにお伝つたえしたいことはありますか?

皆みなさんの声こえを聞きかせてください 

この連載れんさいは、私わたしが一方的いっぽうてきに話はなす場ばにしたくはありません。みなさんが感かんじたことや、ふとした疑問ぎもんや「どうして?」と思おもったことを、ぜひ聞きかせてください。どんなに些細ささいなことでも、まとまっていなくても大丈夫だいじょうぶです。
素直すなおな感想かんそうや疑問ぎもんを、学生担当委員会がくせいたんとういいんかいの広報部こうほうぶまで届とどけてください。
みなさんの言葉ことばが、この連載れんさいにとってとても大切たいせつなものになります。みなさんとのやり取とりを、心こころから楽たのしみに待まっています。

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