佐藤 祥子「お見せいただくありがたさ」

もくじ

身上を通して

私は、 幼少期からよくお腹を壊していました。

そのお腹の痛みは、我慢ができないほどでもない絶妙な痛みで、 横になれば治るを繰り返すものでした。 それがたまらなくストレスだったのです。

大人になっても相変わらずだったのですが、大学を出てから保育士として働き始めた三年目の夏ごろ、いつものように腹痛になったかと思うと、数日経っても治らず、立っていられなくなるぐらいの痛みに変わってきました。

病院を受診し、 胃酸が逆流していて胃が荒れているとのことでした。大事に至らなくてホッとしましたが、なぜこんなに腹痛がひどいのだろうと思ったとき、その時の私は仕事のことや家でのことで不足しか口に出していなかったことに気が付きました。

以前、大教会の鼓笛隊に参加していた際、 お腹を壊し事務局で休憩していると、指導員が「お腹は飲み食い出入りの場所。素直な心が大切」と言っていたことを思い出しました。 腹痛の身上は、素直な心とは程遠く日々を感謝して通ることもできずネガティブになっていた私に、親神様からお見せいただいているのかもしれないと感じるようになりました。

その後は、素直な心で日々感謝をして通ることを意識していましたが、痛みがすっきりなくなることはありませんでした。


伏せ込みのご守護

3 年間の保育士生活を終え、 5 月から修養科に入り、また 9 月から直属の大教会の女子青年が決まっていました。

神様のお側で伏せ込む前に、自分の身上を頂いたことも何かのメッセージだと思い、気持ち新たに素直な心で毎日の感謝とおつとめを大切にしながら伏せ込ませていただきました。すると、不思議なことに今まで痛んでいたお腹も三か月間ほぼ痛むことなく、ご守護を頂けたのです。

「天に届く理」という逸話編もありますが、どれだけつらいことや大変なことがあっても何事も感謝をもって通らせていただけば、親神様にお受け取りいただくことができるとお聞かせいただきます。何事も神様の御用、お知らせなのだと思い、素直に受け取ることが大切なのだと、幼少期からの身上を通して思わせていただくことができました。

そして今、女子青年も終え、自教会に戻り教会のことを手伝いながら仕事をしていますが、 おぢばや大教会で神様のお側で生活していた時よりも、 腹痛が起きる頻度が多くなっています。

しかし、 すっきりと痛みが消えないのも、 親神様が日々、 素直な心と感謝の心を忘れないように伝えてくれていると思うことができますし、すべてが親神様のありがたいご守護に包まれているのだと思うと、本当にありがたい中を通らせていただけていると、胸がいっぱいになります。

これからも何かつらいことや苦しいことがあった時、親神様の存在を頼りに日々の感謝と素直な心を忘れず、成人させていただきたいと思います。

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