先生、こんにちは。とても暑い日が続いていますが、お元気ですか?
こんにちは。おかげさまで、元気です。ヒカルくんはどうですか?
アイスやジュース、冷たい物を摂りすぎて、お腹の調子がちょっと……
いくら若くても健康には気を付けてくださいね。さて、今日は『稿本天理教教祖伝逸話篇』の、一二「肥のさづけ」に学ばせてもらいましょう。
今回のポイント
(1)親神様は「肥のさづけ」を通して、疑い深い人々の心に親神様のご存在とお働きの証拠をお示しくだされた。
(2)「肥のさづけ」には、親神様のご用のために働き、尽くす者に、「難儀不自由な思いはさせまい」との親神様の大きな親心が込められている。
一二 肥のさづけ
教祖は、山中忠七に、「神の道について来るには、百姓すれば十分に肥も置き難(に)くかろう。」
とて、忠七に、肥のさづけをお渡し下され、
「肥のさづけと言うても、何も法(ほう)が効くのやない。めんめんの心の誠真実が効くのやで。」
と、お諭しになり、
「嘘か真か、試してみなされ。」
と、仰せになった。
『稿本天理教教祖伝逸話篇』 13ページ
忠七は、早速、二枚の田で、一方は十分に肥料を置き、他方は肥のさづけの肥だけをして、その結果を待つ事にした。
やがて八月が過ぎ九月も終りとなった。肥料を置いた田は、青々と稲穂が茂って、十分、秋の稔(みの)りの豊かさを思わしめた。が、これに反して、肥のさづけの肥だけの田の方は、稲穂の背が低く、色も何んだか少々赤味を帯びて、元気がないように見えた。
忠七は、「やっぱりさづけよりは、肥料の方が効くようだ。」と、疑わざるを得なかった。
ところが、秋の収穫時になってみると、肥料をした方の田の稲穂には、虫が付いたり空穂(からほ)があったりしているのに反し、さづけの方の田の稲穂は、背こそ少々低く思われたが、虫穂(むしほ)や空穂は少しもなく、結局実収の上からみれば、確かに、前者よりもすぐれていることが発見された。
先生、「肥のさづけ」って聞いたことはありますが、昔の肥っていうとやっぱりあれですか? うんちとか……
そういうイメージが強いかもしれないけれど、そうではありません。
日本では江戸時代に入ると、商品作物の栽培が盛んになるのに伴って、人糞肥・堆肥などの自給肥料のほかに、農家が貨幣で購入する金肥(きんぴ)が使われるようになりました。
油粕 (あぶらかす) ・干鰯(ほしか)がその代表であったそうです。
へぇ。江戸時代も肥料を買っていたんですね。
そうなんです。
ここに出てくる「肥のさづけ」とは、ぬか3合、灰(はい)3合、土(つち)3合を混ぜて自分の田んぼに置くと、肥料一駄分(馬一頭に背負わせられる荷物分、約135キロ)のご守護を下さるという「さづけ」です。
なるほど。
じゃあ、肥のさづけを頂くってどういうことなんですか?
教祖が「神の道について来るには、百姓すれば十分に肥も置き難くかろう」と仰せになっているように、お金を出して肥料を買うのは大変ですし、人糞肥というのも十分に集めるには、手間がかかります。
ましてや、お道を熱心に信仰して、神様のご用のために奔走している先生ともなれば、自分の家の田畑のために費やす時間もお金もありません。
そこからすると、ぬかも灰も土も生活の中から簡単に得られる物ばかりなので、全く費用は掛かりませんよね。
なるほど。それは、ありがたいですね。
ところで、「ぬか」っていうのは漬物を漬ける「ぬか」のことですか?
そうです。玄米を白米に精米する時に出るものですね。
ちなみに3合っていうのは、1合が1升の10分の1で、約0.18リットルですから、3合は約0.54リットルです。
つまり、一升瓶の10分の3の分量なので、ぬか・灰・土、全部足しても一升瓶に納まってしまいますね。
え、そうなんですか!?
失礼ですが、そんな物で本当に効果があったんですか?
そうですね。当時の人々も信じられなかったと思います。
だから、教祖は「嘘か真か、試してみなされ」と仰せられ、親神様の不思議自由のお働きを目の前に表して、疑い深い人々の心に親神様のご存在とお働きの証(あかし)をお示しくだされたのだと思います。
ちゃんと証拠をお見せくださるなんて、本当の神様にしかできないお働きですね。