伊東 誠「神一条の心」

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「かみにもたれてゆきまする」

皆さんには自分の生き方を180度変える、ターニングポイントはありましたか?

私には「神一条の心こそ何も案ずる事は無い」と感じた、大きな出来事が学生時代にありました。

私は高校、大学と、学生時代をおぢばで過ごしました。

『みかぐらうた』に

「なんでもこれからひとすぢに かみにもたれてゆきまする」

(三下り目 7)

とあります。

このお歌は耳にしていましたが、恥ずかしい話、当時の私は信仰に対してそこまで熱心な学生ではありませんでした。本部の神殿へ参拝には行きましたが、自分から進んでというよりも、言われたから参拝する、その程度でした。

そんな私の心が大きく揺さぶられ、親神様と真正面から向き合うことになったのが、20歳の夏のことでした。

7月、母が完全房室ブロックという重い不整脈の身上を頂いたのです。心拍数が極端に少なく、このままでは命の危険があり、ペースメーカーを入れる手術をしなければ助からない、と医師から告げられました。

その話を聞いてから、私は手術が終わるまで、毎日、本部の神殿へお願いづとめに通いました。20年の人生の中で、あれほど必死に親神様におすがりし、心を向けたことはありませんでした。

「かみにもたれてゆきまする」というお歌の意味を、初めて自分の身を通して味わったように思います。

身上事情は道の花

母の入院中には、多くの方がお見舞いに来てくださり、おさづけを取り次いでくださいました。母はそのたびに、「おさづけがあるから安心や。ありがたいなぁ」と言っていました。

そして、自身が身上の最中でありながら、お見舞いに来られた方の悩みに耳を傾け、言葉を掛け、勇気づけていたのです。

後日、その方から「どれだけ励まされたか分からない」と感謝の言葉を頂き、母の心がたすけ一条であったことを改めて感じました。まさに「人を救けたら我が身が救かる」という教えを、身をもって示してくれた姿でした。

そして、手術は無事に成功し、母はペースメーカーを入れてではありますが、今も元気に心臓を動かしています。

後で聞いた話では、手術前日の夜、心臓が止まりかけていたそうで、看護師さんが一晩中、緊張しながら見守ってくださったそうです。

日々、親神様につなぐ心が、命をつないでくださったのだと感じました。

この一つの節を通して、神一条の心で通ることの尊さ、そして何の不安も無くなる心の姿を見させていただきました。

「身上事情は道の花」と聞かせていただきます。これからも親神様にもたれ、神一条、たすけ一条の道を歩ませていただきたいと、心新たにした出来事でした。

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