岡﨑佐喜「お手びきってあったかい」

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鮮やかなご守護

私は昨年の12月に、修養科に入らせていただきました。教祖140年祭までにどうにか行かせてもらいたいという気持ちだったものの、どなたかの付添いとして行ってほしいという親の思いからなかなか機会がありませんでした。

そんな中、ある日の夕食後、突然母から「修養科に行かへん?」と伝えられました。急だなとは思いながらも、やっと私の出番が来たかもと思っている自分がいました。

私が付添させていただく方の情報を詳しく聞いてみると、ステージ4のがんを患っており、治療の影響でご飯もなかなか食べられない状態とのことでした。3ヵ月通りきれるか分からないなかで修養科を志願されたそうです。面識もなく、どのような方か全く分からない状態でしたが、たすかりを願いおぢばに帰ろうとされてる姿に、何とかご守護いただけるよう一緒におぢばで過ごさせていただきたいという気持ちが自然と湧いてきました。

その方と初めてお会いしたのは面接の前日でした。その方を以下Kさんと呼びます。おぢばに帰って来たKさんに、早速ご守護を見せていただきました。流動食しか食べられないと聞いていたのに、天理に着いたその日の夕食で白ご飯を頂いているのです。

「大丈夫ですか?」とお尋ねすると、「喉を通ります」とうれしそうに言われていました。親神様・教祖のご守護というのは、本当に鮮やかだと感じました。

子供の方から力を入れて来たら、親も力を入れてやらにゃならん。これが天理や。

稿本天理教教祖伝逸話篇』75 「これが天理や」

そっちで力をゆるめたら、神も力をゆるめる。そっちで力を入れたら、神も力を入れるのやで。この事は、今だけの事やない程に。

稿本天理教教祖伝逸話篇』174 「そっちで力をゆるめたら」

とあるように、大変な中、おぢばに帰ってきたKさんの心をお受け取りくださったのだと感じ、鮮やかなご守護を目の当たりにできたことが本当にうれしかったです。

不思議な導きに触れて

それからKさんと過ごした3ヵ月はかけがえのない日々でした。教理を学び、ひのきしんをし、必ず毎日神殿に足を運び、おつとめを勤め、教祖殿にておさづけを取り次がせていただきました。

日に日に食欲も戻り、いつもにこやかで一生懸命な姿に私も元気をもらっていました。身上もだんだんとご守護いただき、2ヵ月目までは通院されていましたが、「がんが縮小段階にあるので修了するまで通院は必要ありません」とお医者さんに言っていただいたそうです。

そして、3ヵ月無事にお連れ通りいただき、共に修了いたしました。当初は予想もしていなかったご守護を次々とお見せいただき、親神様・教祖に感謝の気持ちでいっぱいでした。また、こんな私をようぼくとして使っていただけていることがありがたくてもったいなくて、この上ない喜びを感じました。

なんどきにかいりてきてもめへ/\の

心あるとハさらにをもうな

『おふでさき』第11号 78

何度も何度も神殿に足を運ばせてもらいましたが、それも人間心からではなく、教祖が導いてくださっていたのです。寒い時期でしたが、気付けば不思議といつも手だけは温かく、教祖が手をつないで温めてくださっているのだと感じました。

おぢばは不思議なところです。本当に人がたすかる場所だと胸を張って言えます。教祖140年祭に向かう残りの日々も教祖と共に、教祖にお喜びいただけるよう歩みたいと思います。

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