第1回 たんのう

もくじ

15歳の頃の私の心

アンジェラ・アキさんの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」という曲があります。

昨年の暮れ、テレビの音楽番組でピアノを弾きながら熱唱する彼女を見ていて、思わず涙がこぼれてきてしまいました。

拝啓

(中略)
十五の僕には 誰にも話せない 悩みの種があるのです
(中略)
今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を信じ歩けばいいの?
ひとつしかないこの胸が何度も ばらばらに割れて 苦しい中で 今を生きている
(後略)                    


JASRAC 出0905712-901

涙のわけは、歌詞につづられている少年の心と自分の記憶がダブって蘇ってきたからです。中学3年生、大人への入口に立っていた私の心は、この歌詞のように、つらく苦しく、消えてしまいそうで、暗い闇の中をもがいていました。

私の家は、代々、天理教の教会の会長職を預かってきた家で、その上、曾祖父も祖父も父も東大卒という三代続く高学歴。
私は、家族からも教会の人たちからも父たちと同じような道を通って、次代を担うことを期待されていました。

しかし、生まれつき記憶力が悪く、小学校の最初の頃から勉強についていけなかった私は、いわゆるおちこぼれのまま進級し、高校受験も危ぶまれるほどでした。
また教会の子供であることと、内気で気弱な性格は、格好のいじめの材料にもなっていて、とにかく学校に行くのが苦痛でした。

私が中学3年になった昭和60年頃は、「学歴社会」という言葉がまだまだ残っていて、第一に学校の成績の優劣が人間のすべてを計るものさしのように言われていた時代だったように思います。
また、「受験戦争」という言葉があったように、学校は、横並びの競争社会。
思えば私は最初から立ち遅れてしまっていたこともあって、努力をして食らいついていくガッツも無く、むしろゲームのようにリセットして人生を生まれた時からやり直せたらどんなに良いか、とか、この先ずっと人と比べられて嫌な思いをするくらいなら、いっそ逃げ出して人のいない山奥で暮らそうとか、そんなことばかりを考えていました。
しかし、現実は現実のまま時間はただ刻々と過ぎてゆきます。自分とはいったい何なのか、この先自分はどうなるんだろうという言いようのない不安に押しつぶされそうになっていました。

あるお道の本と出会って

そんな私に、ある日、母親が一冊の本を買ってきました。
天理教の本でした。
無意識に手に取りました。
何でもいいから自分の支えとなるものを求めていたのかもしれません。
何も考えずにページを開きましたが、最初に目に飛び込んできた文章に衝撃を受けました。

それは次の文章でした。

人は難関にぶつかった時には、信心のある者とない者とがはっきり区別出来るものである。
精神の出来ていない者はあわてうろたえ、不足をし、悲しむが、精神の出来ている者は、どんな中も、喜んで、勇んで通れる。
この、勇んでどんな苦労の中も喜んで通る心が、すなわちたんのうである。
一例をあげよう。一文なしになった、ああ嬉しいと思う者は一人もいないにちがいない。
一文なしは、たとえると、海抜ゼロメートル、海岸線に立っている姿である。が、この姿に二つの悟り方がある。
一つは、山の上から降りて来てここへ来たという、考え方である。もっと分かりやすくいうと、億万長者が使い果たして一文なしになったということである。
が、ここにもう一つの考え方がある。おれは、海の方から来たのである。しかも海の底から来たのである。分かりやすくいうと、何百億の借金を皆払って一文なしになった。こう考えると、ああさわやかだなあ、海岸線のながめはうららかだなあ、こんな嬉しいことは外にないと喜べる。喜んでいると、今度は、いつの間にやら山の頂きに近づかずにはいられぬようになってくる。一文なしに変わりはないが、それを喜ぶか、嘆くかによって、それから先の運命が変わってくる。
この喜びの心がたんのうである。

『中学校教義科読本』

一文なしで、これから登るべき山を前にしてたじろぎ、海岸線をただうろうろしているのは、まさに私自身のことだと思いました。

そうか、ならば自分は後者、海底から来た人間。そう思えばいいのか。

たんのう」とは、どんな時も喜ぶことだといいます。喜ぶとは、今を受け入れるということ。
喜んでやっていれば、たとえ一歩一歩の足取りは遅くても、どこまでも登っていけるかもしれない。そんな気になりました。

自分のスタートライン

いつの間にか誰かが引いたスタートラインの上に立たされて、人と比べさせられて悩んだり悲しんだりしていたけれど、そもそも人はみんな顔や姿が違うように、生まれつき持っている能力や運命も違うはず。
それならば、自分のスタートラインは、自分で引けばいいじゃないか。
この「たんのう」の心で行けば、人は、たとえ失敗しても、またやり直せるはず。
何も思い悩む必要はない。
前を向いて、できることからがんばればいいじゃないか。

このことが悟れた時、私の心を覆っていた重苦しい暗雲は消え去り、それまで味わったことのないようなすがすがしい気持ちになりました。
今の自分の現実と将来の自分に正面から向き合っていこうという勇気が湧いてきたのです。

そして、こんな素晴らしい考え方を説いて人をたすける天理教はスゴイと思いました。
天理に行って教えをもっと学びたい。
心底そう思って、それからがむしゃらになって一から勉強をしなおしていたら、成積も上がり、最後にはおぢばの高校に入れて頂くことができました。

こうして15の私は、お道の「たんのう」の教えによって救われました。

おやさまの教えは、どんな人にも生きる力を与え、確かな生き方を教えて下さる。
その手ごたえは、その後も弱まることなく、人生の様々な節目を経るごとにますます強まっています。

つづく

※『Happist』2009年6月号掲載

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