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お道の素晴らしさ

天理教教会本部准員/天理教飾東大教会長 紺谷 清春

第7回「親神様のお働き −その2−」


コップ1杯の水はどこからくるの?

蛇口をひねると私たちはいつもおいしい水を頂くことができます。私たちはこの水無くして生命を維持していくことはできません。

地球の表面積の約70%は海ですが、私たちは海水をそのまま飲み水とすることはできません。親神様(おやがみさま)の火、水、風のお働きによって、大海原にお日様が差して、海水面が温められ、海水は水蒸気となって上昇し、上空で雲となります。雲は大気の循環である風の働きによって移動し、やがて山々にぶつかって雨を降らせます。そして雨水は谷間を流れ、次々と合流し、やがて大きな川となって大海原へと戻っていくのです。

私たちはこの水の循環という、親神様の「くもよみのみこと」のお働きである水気上げ下げのご守護の中で、海水を真水に変えていただき、生命をつなぐ1杯の水を頂戴して暮らしているのです。

コップ1杯の牛乳は何からできるの?

◀︎エピソード1▶︎

今から40年くらい前の話ですが、ある女医さんに待望の赤ちゃんが授かりました。しかしその方は、母乳がなかなか出ず、困り果てて私の父に訪ねてこられました。

父はその方に「牛乳は何からできるのかご存知ですか?」と尋ねました。普通なら「牛」と即答するところでしょうが、やはり女医さんです。ちょっと考えてから「それは牛の食べている草でしょう」と答えました。父は「いやいや草はお日様のぬくみと降雨によるうるおい、そして空気(酸素)を得て成長するのです。立毛(農作物)や草木が火、水、風を得て育つというご守護は、親神様の「をふとのべのみこと」のお働きなのです。このように、この世のすべてのものは親神様のご守護によって存在し、私たちの必要に応じてお与えくだされているのです。同様に奥さんの母乳も、実は神様のお働きによるものなのですよ。まずはかわいい赤ちゃんを授けていただいたこと、そして毎日元気に暮らさせていただいていることを喜んで、親神様のご守護に感謝し、お礼を申し上げてはいかがでしょうか」と話しました。

そして、親神様の大きなみ恵み、ご守護をいただいて毎日を過ごすことができるのだということを実感されたその女医さんは、家路に着かれてほどなく母乳が出るようになられたとのことです。

だん/\となに事にてもこのよふわ
神のからだやしやんしてみよ


(おふでさき 3号・40)

親神様は私たちの身の内(身体)に入り込んで、日夜十全のご守護をもってお働きくだされているだけでなく、この世は神のからだと仰せくださるように、私たちが生活する世界、自然界においても、火、水、風のお働きをはじめさまざまなご守護をもって、私たちの生命を支えてくだされているのです。また、それと共に、赤ちゃんがお母さんの懐に抱かれていることで一番安心できるのと同様に、親神様の懐住いで「陽気ぐらし」をするための条件を整えてくださっているのです。

自然災害はナゼ起こるの?

神のからだであるこの地球上で、親神様は私たち人間に、陽気ぐらしをさせてやりたいとの思召にもかかわらず、それを妨げるような自然災害や環境問題が起こっているのはどうしてでしょうか。

今日でも、地震や地球温暖化によるさまざまな災害は、日本をはじめ世界中で起きています。

◀︎エピソード2▶︎

今から24年前の平成7年1月17日、朝5時すぎのことです。私は大きな揺れと共に目覚めました。朝づとめを終えたころから、神戸にある部内教会から次々と安否を知らせる電話が入りました。間もなくして、あちこちから煙が上がり、高速道路が横たわっている様子をテレビで確認することになりました。これは、あとに「阪神・淡路大震災」と呼ばれたものです。

会長である父から電話連絡のない教会へすぐに安否の確認に行くようにと言われ、途中コンビニで、弁当とペットボトルを買えるだけ買って車に積む込み、神戸へと向かいました。そしてようやく辿り着いた神戸の街の変わり果てた姿に愕然としました。火災によって立ち上る数十本の煙の背景には、それまでに見たこともないような不気味な色の夕焼け空がありました。「なぜこんな姿になったのだろう、親神様はなぜこんなことをなさるのだろう」との思いが交錯する中、連絡の無い教会を訪ねました。その日訪ねた教会のうち1カ所は何とか無事でしたが、残り4カ所は全壊の状態でした。

それから連日、神戸でひのきしんをさせていただきましたが、“なぜこんなことに”との思いは募るばかりでした。しかし、一番つらい思いをしておられるはずの被災された方々は、意外にも「神様のおかげ、親々の信仰のおかげでお守りいただいた」と感謝の言葉を口にされていました。さらには、届けられた食べ物や水、毛布などを「もったいない、ありがたい」と言って頂かれている姿。不自由な中もお互いが分け合い、譲り合い、励まし合う姿。まさに親神様がお望みくださる、人間が互いに立て合う姿がそこにはありました。

かみなりもぢしんをふかぜ水つきも
これは月日のざねんりいふく


(おふでさき 8号・58)

親神様は、雷、地震、大風(台風)、水害など自然に起こるさまざまな災害は、神様の残念な思いの上から見せているのだと仰せられてます。

以前、日本で生物の多様性を守るための国際会議(COP10)が開催され、人間はもとより地球上のすべての生物を絶滅の危機からどのように守っていくかという話し合いが持たれました。しかし、残念ながらそれぞれの国の立場や目先の利益が優先し、我さえ良くばとの思いから、生命の未来を閉ざしかねない結果となってしまいました。

親神様は、私たち人間が互いに立て合い、たすけ合い、陽気ぐらしをするのを見て、神も共に楽しみたいと人間をお創りくださったのにもかかわらず、私たちの自分さえ良ければそれで良い、今さえ良ければ良いのだという傲慢な心に対して、残念に思われ、神のからだである御身をゆがめてまで私たちに陽気ぐらしのための心のあり方をお示しくだされているように思うのです。

神様に守られて生かされている私たちにとって、“感謝、慎み、たすけあい”の心を忘れずに実践していくことこそが地球の環境を守り、自然災害を無くしていく方法だと思います。

つづく


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