小倉徳馬「柔道とお道」

柔道を初めて20年。現在は、幹事のご用とともに天理教校学園柔道部の指導にも携わらせていただいている。

柔道は「面白くない」が99%を占める。残りの1%は、訪れるのかすら未知の「やってよかった」。

それもそうだ。自分の身を守るために、最初の数カ月は受け身の練習だけをやり続ける。そして人を投げられるようになるのは、さらに時間が必要で容易(たやす)いことではない。

受け身は、言い方を変えれば負けた時の練習。ただ、ひたすらにこれを繰り返す。何度も何度も転がっては起き上がるを繰り返す。

痛い、勝てない、面白くない、やめたい、誰もがそう思うはず。私が担当する代の学生は、部員6人、全員が初心者。

この子たちは本当にすごい。学ぶことがたくさんあった。努力する姿勢、泣きながらでも、勝てなくても何度も立ち上がってきた。一番の敵である自分自身に勝ち続けてきた。

なりたい者になれるのは、なろうとした者だけ

つまずいたっていい。
転んだっていい。
泣いたっていい。
つまずくのは、前に進んでいる証拠。

諦めてお尻さえつかなければ、もう一度ジャンプできる。高い壁? 横から見たら薄いかもしれない。その先には何かがあるはず。

そして結果が実った時「%」が反転し、「やってよかった」が99%になる。柔道もこのお道も「道」として通じるものがある。

この字は「首」と「辶」に分けられる。「首」は頭を支える。そして一番大事になるのが頭を下げた時。「辶」は、これだけでも前に進むという意味がある。

低い心で頭を下げて通る道。柔道も相手がいて初めて成立する。相手への礼儀と感謝はもっとも欠かせない。

コロナ禍で、うまくいかない日々。「なんで?」と不足せず少しでも親神様の思いを悟らせていただこう。自然と頭が下がってくるような感謝と喜びを頂ける。そして先を楽しみに歩みを進めよう。

これを教えてくれたのは柔道と生徒の姿だ。

いまのみちいかなみちでもなけくなよ
さきのほんみちたのしゆでいよ    

『おふでさき』3号37
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