稲葉和樹「ながいきの秘訣」

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「親神様どうして?」

3年前の夏、兄が39歳という若さで出直しました。災害救援ひのきしん隊のひのきしん中に起こった交通事故でした。

私たち兄弟は高知大教会の中で生まれ育ちました。兄は大学を卒業後、本部勤務を経て大教会に戻り、教会のご用やお預かりしている信者さん方のお世話を勇んで勤めていました。結婚して子どもも3人授かり、とても子煩悩で家族思いな優しい人でした。そして何より、お道が、大教会が大好きな人でした。

兄は本当に休む間もなく、いつも笑顔でお道のご用に、子育てにと走り回っていました。弟のひいき目かもしれませんが、友人も多く、兄を慕う方々が教会の内外を問わずたくさんいました。私は、追い付けないながらもそんな兄の背中を追いかけ続けてきました。

兄は、その年の夏の学生生徒修養会で講師を勤めることになり、勇んで理づくりに励んでいました。私も同じく学修のスタッフを勤めることになっていたので、兄弟で一緒にご用をさせていただけることをとても楽しみにしていました。しかし、その矢先、兄は事故に遭い帰らぬ人となりました。

兄の出直しの知らせを聞いた時、本当に信じられず、「親神様どうして?」と憤りすら覚えました。

きっとこれからも「名が生き」

兄の葬儀は、大教会を斎場にして営まれました。葬儀の準備をしている時、早くから斎場に座っている男性がいました。あいさつをすると、兄の大学時代の友人で、Facebookで兄の訃報を知り、北海道の釧路から高知まで駆け付けてくださったとのことでした。

また、中学時代の同級生が広い斎場に飾りきれないほどたくさんの花を届けてくださいました。さらには、大勢の方が遠路遥々兄に最後のお別れをしに来てくださり、広い斎場に入りきれないほどでした。

別れを惜しむ大勢の方の姿を見て、私は学生時代に参加した学修で聞いた話を思い出しました。

「長生きって、長く生きるだけが長生きではないよ。たとえ短い人生でも人のために精一杯生きたら、自分が出直した後も周りの人たちにあの人のお陰で、と思ってもらえる。そしたらあなた方の名前が人々の中に生き続ける。それも『名が生き』だよ

きっと、この方々の心の中で兄は生き続けるのだろうな。そう思うと少し心が明るくなりました。

現在、私は教会の後継者として、2児の父として日々を過ごしています。

兄の出直しという「ふし」に込められた親神様の思召はいまだに分かりませんが、兄の背中が今の私の信仰の礎となっています。

兄はきっとこれからも私の心の中で「名が生き」してくれるのだと思います。

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