高田綾「名前に込められた親心」

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名前に込められた親心

小さい頃読んだ教祖の絵本の中に、ある少年が教祖から葡萄(ぶどう)を頂くお話がありました。母が「私の珠子という名前はこのお話からついたのよ。葡萄のような丸い心でどんな人の心にもコロコロと転がって、仲良くできる人になるようにね」と聞かせてくれたことを覚えています。

母がどんな人とも合わせ仲良くできるのは、そんな名前をつけてもらったからか、と子どもながらに納得していました。

小学校1年生の時、自分の名前に込められた思いを調べる宿題がありました。母に「私の名前に込められた思いって何?」と聞くと「綾という字は、いろいろな模様を織りあげた絹の織物のことで、いろんな人の良いところも悪いところも上手に織りあげて、一つの美しいものを作り上げるという意味なのよ」と教えてくれました。

また、当時教会長であった祖父が付けてくれたことも教えてくれました。その時は「そんなことができたらすてきだな」と思うだけで、あまり深く考えることはありませんでした。

「綾は綾なす子」

私が長女であることと、多くの人が住み込む教会という環境もあり、たくさんの人と関わることが日常でした。そのため、学校の先生や周囲の大人からはよく、いろんなタイプの子をまとめる役目を任されていました。

不思議と私も嫌ではなく、むしろ「この人はこんな素晴らしいところがあるんだ」と発見することが楽しく、大勢で何かをやり遂げることに喜びを感じていました。

女子青年の立場になり、教会行事の責任を持たせてもらう機会がありました。それをやり終えた時、親から「やっぱり綾は綾なす子だね」と言われ、ハッとしました。もしかしたら、祖父がこうあってほしいと私に付けてくれた名前に、自分は近づけているのかもしれない、と感じたのです。

母がどんな人とも合わせ、仲良くできる葡萄のような丸い心の人であるように、私もどんな人とも仲良くつながり合える人になりたいと思います。そして、周りの人たちと、一つの美しい織物のような関係を作ることができたらいいなと思っています。

陽気ぐらしへ向かうお手伝い

教祖伝逸話篇の中で、教祖が膝の上で小さな皺紙(しわがみ)を伸ばしておられ、

皺だらけになった紙を、そのまま置けば、落とし紙か鼻紙にするより仕様ないで。これを丁寧に皺を伸ばして置いたなら、何んなりとも使われる。落とし紙や鼻紙になったら、もう一度引き上げることは出来ぬやろ。人のたすけもこの理やで。心の皺を、話の理で伸ばしてやるのやで。心も、皺だらけになったら、落とし紙のようなものやろ。そこを、落とさずに救けるが、この道の理やで。

『稿本天理教教祖伝逸話篇』45「心の皺を」

とあります。

私自身も教会生活の中で、教えによって心の皺を伸ばしていただき、祖父の願う名前のような人に、少しですが近づく成人をさせていただきました。

どんな人も、このお道の教えで心の皺を伸ばしてもらえたら、みんなで一手一つに陽気ぐらしへ向かえるのではと感じます。

私自身まだまだ未熟ですが、少しでも陽気ぐらしへ向かうお手伝いができるように、陽気にご用を勤めたいと思います。

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