石倉拡「コーヒーの楽しみ方」

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「ココアの方が良いのになあ」

高校1年生の頃、私はブラックコーヒーが飲めませんでした。そんな私を誘っては、自動販売機でブラックコーヒーを奢ってくれる友人がいました。正直「ココアの方が良いのになあ」とずっと思っていましたが、変なプライドから「ブラック飲めないんだよね」と言えませんでした。

それでも、その友人と話す時間が本当に楽しくて、飲めもしないブラックコーヒーを片手に、たわいない話をしながら、だらだらと過ごしていました。口に入ったコーヒーを「苦いなあ」「まずいなあ」と思って吐き出したり、飲まずにいたら、私はコーヒーが嫌いなままだったと思います。

しかし、苦いと感じても、友人と楽しんでコーヒーを飲み続けたおかげで、私はコーヒーが飲めるようになりました。

苦痛×意味=?

私たちは身上の患いや事情のもつれなど「ふし」をお見せいただくことがあります。

私も6年前、修養科に行っていた時に、妻が流産するというふしを見せていただきました。お医者さんから「流産するかもしれません」と言われてから、それまで以上に、にをいがけやおたすけなどに励ませていただきましたが、望みはかないませんでした。

「一生懸命頑張ったのに何で?」と思いました。「働きが足りなかったから?」「心遣いが悪かったから?」と自分を責めたりもしました。

流産から2週間ほど経った時、ふと「苦痛×意味=希望だよ」という言葉を思い出しました。これは学生時代、春の学生おぢばがえりの直属アワーで当時の大教会長様から教えていただいたものです。苦痛に意味を見出す、つまり、ふしに込められた親神様の親心・思召を悟ることで希望になり、喜びになるという意味だと思っています。

そこで、詰所に来られた先生方にたくさん質問したり、修養科の同期たちと信仰についての話をしたり、時には相談に乗ってもらったりする中で私なりに親神様の親心を悟らせていただき、 夫婦で「ありがたかったね」と話せるようになりました。

おふでさきに、

だん/\になにかの事もみへてくる
いかなるみちもみなたのしめよ

『おふでさき』第4号22

にち/\にをやのしやんとゆうものわ
たすけるもよふばかりをもてる

『おふでさき』第14号35

とあります。

コーヒーが飲めるようになった時と同じで、辛くて苦しくて一人ではとても飲み込めない現状を「共に味わってくれる仲間」がいたおかげで、私はふしを乗り越えられたように思います。

どんな境遇の中でも、周りの人を思いやり、たすけ合いの心を持って楽しんで通りたいと思います。

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