実家の教会には、私が生まれた時から、頭がツルっとした頑固そうな祖父の白黒写真が飾られています。
祖父は私が生まれる何十年も前、58歳で出直したため、私自身は会ったことがありません。
幼いころから病弱で小学校卒業までに7年かかったらしく、その苦労からか、人の痛みが分かる優しい人だったそうです。
長年、詰所主任として大勢の方に親身に寄り添い尽くされたそうで、50年が経つ今でも祖父を慕って、家を訪ねて来られる方がいます。
そんな祖父は、55歳のときに胃潰瘍と直腸がんを患いました。
人工肛門にする前、最後の排泄の際には、「長いこと使わせていただいて、ありがとうございました」と神様にお礼を言ったといいます。その後、58歳という若さで出直すという事態に、親族をはじめ周りの方々もあまりの早さに嘆き悲しんだそうです。
「なんであんなに信仰熱心で、優しい方が早くに出直さなアカンのや」と、誰もがそう感じたと聞きました。
しかし後日、担当医の先生から「実は死因となったがんとは別に、もう一つ大きな腫瘍が見つかった」と説明を受けました。直腸にあった二つのがんのうち、一つは今回新たに発生した(死因になった)ものでしたが、もう一つは20年前にできたものでした。信じられないことに、本来なら20年前に命を奪っていたかもしれないがんが、まったく成長せず一定の状態を保っていたのです。担当医の先生も「医学の常識から見れば奇跡と言うほかありません」とおっしゃっていました。
祖父が出直した後に、医学では説明がつかないような事態が明らかになりました。祖父は早くに出直したのではなく、20年も長生きさせていただいていたのです。
おかげで5人の子どもたちを育てることができ、孫である今の私が存在しています。

陽気ぐらしに近づくためのメッセージ
信仰していても「なぜこんなつらいことが起きるんだ」「なぜ思い通りにいかないんだ」という事態は、長い人生の中でたびたび訪れます。
しかし親神様は決して悪いようにはされないし、どんなことにも深いメッセージが込められています。
親神様から見れば、信仰してもしていなくても、みんな可愛いわが子であるはずです。
「信仰をしていたから助かった」という考えも間違いではないと思いますが、一番のポイントは、信仰のおかげで「神様からのメッセージを分かりやすく見せていただけた」という点に価値があるのだと思います。
私たちから見える世界は、ほんの一面に過ぎません。一見、不都合なことが起こった場合でも、そこにはとても深い親心が隠れているはずなのです。
昔と違って、好きなことだけを選んで生きていけるありがたい時代ですが、自分では選べない「出会い」や「環境」の中にこそ、私たちが陽気ぐらしに近づくための、神様からの深く温かいメッセージが込められているのだと思います。

