古山 和敬「心 つなぐ場所」

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長男の出産を通して

長男が生まれる時の話です。

当時、私たち夫婦はアパートで暮らしていました。
妻も私も、仕事の前後に自教会へ参拝することを日課とし、教会の御用があれば「ひのきしん」に通う生活を送っていました。

結婚して一年、順調に子供を授けていただき、出産予定日が近づいたある日のことでした。

妻は、初めて体験する陣痛に大変苦しそうでした。すぐに産婦人科へ連絡すると「間隔が5分以内になったら来てください」との指示。やがて間隔が短くなり、急いで病院へ向かいました。
ところが、病院に到着すると痛みは引いてしまい、その日は一度帰宅することになりました 。

それから一週間後の明け方、再び強い陣痛が始まりました。
目の前で苦しそうにしている妻の姿を見るのは、本当に辛いものでした。声をかけ、背中や腰をさすってあげることしかできず、男としての無力さと、一刻を争うような焦燥感しょうそうかんに、私はただ歯がゆい思いでいっぱいでした。

居ても立ってもいられなくなった私は、近所の教会へ向かうことにしました。
そこは他系統の教会で、引っ越した際に一度挨拶へ伺ったきりでした。しかし、その時の私は「神様におすがりしたい」という一心でした。

教会に着くと、ちょうど朝づとめの前で、教会の方が献饌をされていました。
事情を話し、一緒に朝づとめをつとめさせていただきました。
自教会への日参はしていましたが、静まり返った神殿でおつとめをつとめるのは久しぶりのことでした。久しぶりに拍子木の音を聞くと、それまで張り詰めていた心の糸が緩み、安心感に包まれました。

「親神様に全てお任せしよう」

そう思えた時、教会の存在がこれほどまでにありがたいものかと、心の底から実感することができました。

その後、妻と共に病院へ向かい、待つこと数時間。
元気な産声を上げ、長男が誕生しました。
初めての立ち会い出産で、我が子を腕に抱いた時の感動は、今でも鮮明に覚えています。母子共に健康というご守護をいただき、私は改めて「教会」という場所の大切さを噛み締めました。

教会へ足を運ぶ大切さ

三代真柱様は、教会について次のようにお話しくださっています。

苦しい時の神頼み式信仰、何か頼み事がある時だけ、願い事がある時だけやってくるというのではなしに、常に教会へ足を運び、心を運ばしてもらうという、まさかの時の真実を日々に積み重ねさしていただけるような信仰者になっていただきたい。

三代真柱様お言葉『教会内容の充実 p100』(國寶分教会巡教)

あの日、私は困った時の神頼みという思いで教会に参拝に行きましたが、あの時「教会に!」と思えたのは、日頃から妻と共に教会に足を運んでいたからこそだと思います。

年月は流れ、あの日生まれた息子は8歳になりました。
今では毎日お友達と元気に遊び、その友達を教会へ連れて来てくれるようになりました。

新生活が始まる今、皆さんもぜひ所属の教会、あるいは近くの教会へ足を運んでみてください。
親神様・教祖は、どんな時でも優しく皆さんを迎えてくださいます。

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