﨑田信光「うまくいく理由」

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のりと友達と私

「月次祭に出さえすれば、好きなことをしてもいい」。学生生活を終えて実家に帰った時に、父親とそう約束した。

最初に働きだしたのは、のりやふりかけをネット販売するのり屋さんだった。若かった私は、とにかくお金欲しさに働きまくった。

仕事内容はそこで古くから勤めるおじいちゃんたちとのりを仕分けていくものだった。そのうちのりを見れば、どの階級でどの産地の物なのか分かるほど、のりと一緒の時間を過ごした。

朝づとめには起きない、教会の手伝いもしない、朝まで友達と遊びまわって、月に一度、月次祭に出るだけ。それでも、半分寝ながらでもおつとめの笛を吹けるまでになった(笑)。

あっさりとOK !?

のり屋さんが事業を拡大し、忙しくなるにつれて、「月次祭に出さえすれば、好きなことをしてもいい」という約束すら邪魔に思えてきた。まだ、好きに遊びまわる生活を手放したくなかった。

そう思った私は転職を決め、有名な大手家具店の面接を受けた。「実家が天理教なので、○○日だけは休ましてください」。そう店長に伝えると「○○日ね、いいよ」と、面接時にあっさりと働くことが決まった。

働きだしてから、入荷・集荷・搬入など、曜日ごとで全体が動いていることに気が付いた。曜日の動き関係なく月次祭で仕事を休むことに気が引ける中、こどもおぢばがえりのスタッフをしてほしいとの話がきた。しばらく天理教から離れていたせいか、無性に参加したくなった。

ダメもとで店長にお願いしようと、こどもおぢばがえりの説明をしていると「ん? オレ参加したことある。あれいいよね」と。聞くと店長の実家の近くに天理教の教会があり、子どもの頃ずっとお世話になっていたという。

私は「それで月次祭休ませてくれるのですか?」と聞くと「そうそう」と答える店長。長期間にもかかわらず、こどもおぢばがえりも、あっさりと休ませてくれた。私にとって本当に居心地の良い仕事先だった。

うまくいく理由

しかし、次第に家具屋の仕事では満足できなくなった私は、造園業に転職することにした。社長の奥さんは教会の娘さんだった。ここでも月次祭やこどもおぢばがえりの休みを頂きながら働いていた。

そんな中、学修のスタッフとして声を掛けていただいた。草刈りなどで忙しい夏場に、こどもおぢばがえりに続いて学修のスタッフまで務めることに悩む私に、社長は「行ってこい」と背中を押してくれた。そればかりか、長期の休みで稼ぎが無くなる私にボーナスまで出してくれた。社長には何から何まで、本当にお世話になった。

今思えば、若い頃は自分の好き勝手に通らせてもらっていたが、大手家具店で働くことができたのも、造園業で働けたのも、私たちの先輩たちがお道の良い「にをい」をかけておいてくださったおかげだったと感じている。

物事がうまくいく時、その背後には、親神様のお働きや誰かの「おかげ」が隠れているのかもしれない。

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