中西真亜子「自分にいいね♡を押せるのは」

もくじ

その顔が見たくて

もしSNSのようにいいねを押せるとしたら、皆さんは自分自身にいいねを押せますか? 私は人と比べてしまう癖があり、隣の芝生が青く見えることが日常茶飯事です。なので、私が自分にいいねを押せるのは、ごくまれです。

そんな自己肯定感が低い私ですが、周りの方に恵まれていると感じるたびに少しですが自分の事を好きになれます。

先日、自教会の月次祭前日に、ある信者さんがパンをくださいました。毎月何か持って来てくださる方なので、私はいつもひそかに楽しみにしています。その信者さんが「いつもおいしそうに食べてくれるから、うれしいわ。その顔が見たくて毎月持って来たくなるんや」と言ってくださいました。

小さい時から「おいしそうに食べるね」と言ってもらうことがよくあり、一種の特技と言ってもいいくらいでした。しかし、こんなに喜んでもらえることなのだと、その時はいつも以上にうれしくなり、とても心が温かくなりました。

どんな形でもおたすけに

後日、その一部始終を見ていた母から「あんたのおいしそうに食べる姿、それもおたすけの一つやで」と言われました。あまりピンと来なかったのですが、母は続けて「逸話編に『おいしいと言うて』(『稿本天理教教祖伝逸話篇』 132)というお話があるやろ、おいしく食べる姿一つで、あの信者さんの気持ちは明るくなって、また持っていきたいという人を思う気持ちが生まれている。それも一つのおたすけにつながっている。教会に足を運ぶきっかけにもなっているし、どんな形でもおたすけになるんやで」と話してくれました。

これが信仰しているということか、とスッと胸に治まりました。日常のささいな場面や言葉を教祖のひながたと照らし合わせて、今の現状に結びつけて悟る。母の言動はいつもそうなのです。

私は、その信者さんの言葉と、母の悟り方によって、また一つ自分にいいねを押せました。

自己肯定感を上げられるようになることが目標ではありますが、周りのみんなのお陰で、自分のことを好きになれるという性格は神様から与えてもらった徳分だと思います。その徳分を活かして、誰かの「いいね」の手助けになれるような信仰者になっていきたいと思います。

この記事をみんなにシェア!
もくじ