キラキラ

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キラキラ

先日、ある婦人の先生に本部の廊下でお会いしました。

先生はおやさま(教祖)をとても慕っておられて、その場でおやさまのお話をしてくださいました。

お話を聞いてるうちに……

「あなたの胸の内には、おやさまは居られますか?」

そのように問いかけられた気がしました。

胸に手を当てると、自分では信仰の道を歩んでいるつもりが、いつの間にか神様、おやさまを軽んじていたことに気付かされます。

いつしか日常生活に埋もれたまま……

私の心には、おやさまは長らくご不在だったようです。

さて、明治30年12月11日の「おさしづ」に次のような意味のお言葉があります。

神が連れて通る陽気と、それぞれが勝手に通る陽気がある。しかし、勝手の陽気は通るに通れん。陽気というは、皆んな勇ましてこそ、真の陽気という。

私たちは日頃、つい何かに不満を感じたり、誰かとけんかしたり、あるいはささいなことに落ち込んで自信を失くしたりしています。

湧いてくる感情は、湧いてきたように感じるしか仕方ありません。

腹が立つなら、ため込むよりも少しは発散させた方がいいでしょうし、しんどいときは素直に「しんどい」と口に出した方がいいように思います。

しかし、それでも日々の生活は続きます。

周りの人たちや自分の感情と上手に付き合っていたつもりが、いつの間にか喜べない時間ばかりが増えています。

皆さんにも、そうした経験はありませんか?

陽気ぐらしといっても、やはり我流の通り方ではやがて行き詰まり、「勝手な陽気」の日々は過ごすに過ごせなくなるようです。

そんなとき、自分の心の中に、おやさまは居られないのかもしれません……

その婦人の先生は、毎朝おやさまにお参拝するとき、心の中で次のようにお願いするそうです。

「おやさま、今日一日どうか私を人だすけのご用にお使いください。人だすけの道をお連れ通りくださいますよう、どうぞよろしくお願いします。」

皆さんは、そのようなお願いをしたことはありますか?

その先生のにこやかなお顔とキラキラした瞳を見ていると、「神が連れて通る陽気」とはこのような姿なのだろうと思いました。

それはきっと自分の心配事を一旦横に置いて、おやさまと共に人だすけの道を歩む中に味わえる喜びなのでしょう。

そして、我が身を忘れておやさまのお供をしているうちに、それまでの腹立ちもなくなり、心配事もちょうどよく治まっていくのかもしれません。

先生のお話を聞きながら、そのように感じました。

皆さんの胸の内には、今、おやさまは居られますか?

明治30年12月11日

平安支教会事情飯田、春木、上田等上京せしに付、本部より運び方如何して宜しきや願

さあ/\尋ねる事情/\、事情には変わった事やなあ、変な事やなあ、と思う処、よう思うてみよ/\。毎夜々々の事情は、幾度の事情に、どういう事もさしづに及んだる。刻限にも諭してある。だん/\今日の日尋ねる。どういう事やろ。出来る事出来たが、末はどうやろうと思う。思やんせにゃならん。数々の思やんするから、どうもならん。分からんようになる。第一の思やん。あちらが曇り、こちらが曇り、水が浸く、そら大風と言う。一時以て尋ねる処、事情には末々の処、掛かり/\の事情、どうなろうと思う。先を以て尋ねる。垣をせにゃならんと思う。よう思やんしてみよ。一寸の事でもどうやろうと思う。何にも思やんは要らん。思やん要らんと言えば、放って置いてよいと思う。放って置いてよいと思う理を、たった一つの道から出来て来たる。判然ならん事情、後々どうなろうと思うやろう。上も下も中も聞き分けてみよ。何にも案じる事は要らん。世界からはどういう事情あるとは分かろうまい。この道一つこれまでの事情、今一時の事情世界の事情、道理は大きなものであろ。大きい理というものは、大きい治まりてない。治まってないから、こういう事になる。心配して何も心に掛ける事要らん。夜々働いた処が、損するようなもの。道理を外すから出けん。出けん道理に理を付けて運ぶからどうもならん。人間一つの心で運んだ処がいかん。いかんから治まらん。人間心取って了わにゃならん。心配の上の心配、一つの道にあちらこちらから、曇りが出来て心配する。我が子で我が子の示し出けんのは、親の力の無いのや。これは道理から取ってみよ。違うか違わんか。

橋本清辞職は聞き届けしが、前川菊太郎より辞職願出されしに付、如何取り計らいまして宜しきや願

さあ/\尋ねる事情/\、何程繋ぎたいと思えど、繋がれんが道理や。越すに越されようまい。出て来なと言うやない。出て来て働きゃ、どうも言えんが道理や。皆一つの心に成りて、よう思やんせよ。これまで艱難の道、今の道互いの道。辛い者もあれば、陽気な者もある。神が連れて通る陽気と、めん/\勝手の陽気とある。勝手の陽気は通るに通れん。陽気というは、皆んな勇ましてこそ、真の陽気という。めん/\楽しんで、後々の者苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん。めんめん勝手の陽気は、生涯通れると思たら違うで。

東京及び夫々運び方願

さあ/\心さえ十人なら、十人一人の心と、同じ心に変わらんなら、何処へどうする事は要らんもの。さしづを聞いて居るだけ。ほんにこうと思う、先々の処、一時はどういう理になるかも分かろうまい。ほんに分かろうまい。あちらへ移す処切ったら、善いと悪いと分かってあるやろう。皆んなの心がそも/\であるから、分からんのや。旬を以て一時道を運んだる。移したる。何ぼ運んだ処が何にもならん。心という理一つを以て通れば、通れん処でも通れる。

前川菊太郎の辞職は、このまゝにして置いたものでありますや願

さあ/\休む時は、休ますがよいで/\。

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