生まれてからずっと続ける遊び
最近、息子に「いないいない…ばぁ!」をすると、すごく喜んで、息子もやり返してきます。
子どもの笑顔って本当にかわいいなと感じるこの頃です。
先日、里親登録をするための研修会を受講しました。その研修会の講義の中で、「いないいないばぁは、赤ちゃんが最初にする遊びなんですよ」という話がありました。続けて「でも、実は大人になっても一生続ける遊びなんです」と言われ、私は「赤ちゃんをあやすためにすることがあっても、大人が遊ぶかな?」と不思議に思いました。
そして「赤ちゃんはいないいないばぁで、見えないものが現れる驚きを楽しむ。子どもになると、かくれんぼで『どこにいるんだろう?』と探す楽しさを覚え、さらに大きくなると、宝探しや脱出ゲーム、手品など『隠されたものを見つける』遊びを楽しむ。大人になると、推理小説やミステリー映画で、『犯人は誰だ?』『真相は何だ?』という、隠された答えが最後に明らかになる面白さを味わう。つまり『見えないものがあって、それが現れる瞬間を楽しむ』という基本的な遊びの形は、一生変わらない。」というお話でした。

すぐそばにあるご守護
私たちは、親神様の親心を受けて生きています。それはご守護であったり、小さな喜びであったりとさまざまです。目には見えませんが、確かにそこにあります。
しかし、私たちは、その親心に気づかないことが多々あります。それは、その小さな喜びに気づこうとしていないからです。探そうと意識すれば、いくらでも気づけますし、⾒つけられると思います。
例えば、車の運転をしているときは、信号を見ていると思います。また、⽬的地に⾏くとき、ナビを使いながら「ここの⾓を曲がって」「あれが⽬的地か」と⽬の前の景⾊から⾏きたい場所を探すと思います。
しかし、走りながら横を過ぎていく⾵景はあんまり見ていないと思います。せいぜい「ここのお店⾏ってみたいな」とか「綺麗な花壇だな」と興味がある部分だけは⽬に留まると思います。この過ぎ去っていく⾵景のように、私たちの周りではご守護や小さな喜びが気付かれずに過ぎ去っています。
この親心は決して鍋の蓋を開けてそこに隠れているものではないですし、草むらをかき分けて苦労して探すものでもありません。すぐそばにあるものです。でもなかなか気付くことができない。特に不⾜や不安を感じているときは余計に意識や視野が曇っていると思います。
きっと親神様は私たちにずーっと「いないいないばぁ」をしてくださっていると思います。子どもの喜ぶ姿を見るために、たくさんのご守護や喜びを与えてくださっています。
だからこそ、私たちはそれに気付き、喜びの姿で返すことが大切だと思います。つらいことや悩むこともあるかもしれませんが、起こってくることは例外なくすべて、子どもを喜ばせようとの親神様の親心です。
私は笑顔でお返ししたいと思います。子どもの笑顔は親の楽しみ。

