平野大心「私の『にをいがけ』の元一日」

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不完全燃焼で終わった学修

学生生徒修養会大学の部。全国から大学生がおぢばに帰り、グループワークや講義、修練などを通して心を磨く1週間。私も大学時代4回参加した。

2回生で参加した時、メインプログラムににをいがけ(戸別訪問)があった。なんとかおさづけを取り次ぎたいと意気込む私は、ひたすらに声を掛け続けた。だが、おさづけは取り次げない。

戸別訪問の時間が終わったが、帰りの道中も諦めきれず、道行く人に声を掛ける。それでも、おさづけは取り次げない。充実感こそあったものの、どこか不完全燃焼のまま学修が終わっていった。

数日たった頃、有志で声を掛け合い「もう一度、学修で歩いた町ににをいがけに行こう」という話になった。私にとっては、学修リベンジの部。私はこの時、生まれて初めて見知らぬ人(Tさん)におさづけを取り次ぐことができたのだった。

「神様っているんや」

それから1年後。私は再び学修へ参加した。3回生でも同じ町へにをいがけに歩くことに。そして、前日に戸別訪問にまわる場所が発表されてびっくり! なんと、去年おさづけの取り次ぎをさせていただいたTさんの家が、自分の戸別訪問の範囲に入っていたのであった。まさに神業。

去年、おさづけの取り次ぎができた喜びが再び込み上げてくる。胸を高鳴らせてTさんの家を訪ねた。しかし、チャイムが壊れているのか、何度呼んでも応答がない。諦めてまた別の家に向かう。刻々と終了の時間が迫りタイムアップ。

最後にこの周辺に神名流しをして駅に向かうことになった。そうして、私が拍子木を打ちながら例の家の前を通りかかった時……。中からTさんが出てきて、こちらに向かって手を合わせているのである。

それに気付いた班員が教えてくれ、すぐさま引き返しTさんの家を全員で訪ねた。そして、1年越しに再びおさづけの取り次ぎをさせていただいた。願う誠の心、諦めない心に親神様教祖が先回りして働いてくださったということを実感した出来事であった。

私は一言「神様っているんや」。

10年の時を経て

今、私は学生担当委員会として学修の係員を務めており、係員となった今も、不思議と学生時代にまわった範囲が担当エリアになる。下見で訪れた際には、今も変わらずおさづけの取り次ぎをさせていただいている。

学生時代から数えると既に10年の歳月がたち、Tさんにおさづけの取り次ぎをするたびに、仲間と共に過ごした学修を思い出すのである。

教祖はご存命。私たちを今日もお見守りくださっている。

写真・右上が平野さん
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