鹿尾理恵「Let‘s ご恩返し」

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布教の家での経験

私は2年前、「布教の家」に入寮し、1年間神戸の街で布教に歩かせていただきました。

今まで生きてきた人生の中で最も濃い1年間でした。その道中はつらいなぁ、嫌だなぁ、嬉しいなぁ、ありがたいなぁといろんな心を使いましたが、本当にたくさんの「おかげ」を感じながら通らせていただきました。

これも元気な身体を神様から貸していただいたおかげであって、私にとって宝物の1年間になりました。

寮生活は、目が覚めてから朝一番に寮生の皆で朝日を拝み、 「今日も元気に目を覚ましていただきありがとうございます!」とかりものの身体に感謝して一日が始まります。

普段「当たり前」としか感じてこなかった私にとって、このような朝を過ごしたことは初めてでした。

にんけんハみな/\神のかしものや
なんとをもふてつこているやら

『おふでさき』3号41

分かっていると思っていたことが、この生活のおかげで身に染みて感じることができました。

言葉もかりもの

ある日、寮の先生に「にをいがけ先で出会った方に質問されたり、話を聞かせてほしいと、まれにそういう機会があるのですが、話ができなくて悩んでいます」と相談すると、

「言葉もかりものだから、教祖(おやさま)から貸していただける自分になること、いつも見てくださっているから続けていくうちに教祖は貸してくださるよ!」と言っていただきました。

わぁーーー!! なるほど!!!

私は「自分が努力したら何とかできるようになる、自分の力でどうにかしないと」と思い、かりものだということに気付かず通っていました。

このことがきっかけで「かしもの・かりもの」について考えることが増えました。

何も分からない私に一から教えてくださった先生方や、どんな時も一番近くにいてくれた同期生、歩く中で出会った方々、そして親々には大変支えてもらい、考えてみると毎日神様からたくさんの人との出会いを頂いていました。

ご恩に気付けたなら

今生きているだけでもたくさんの人と出会い、たくさんのものに囲まれています。

私たちはありとあらゆるものを神様からお借りし、ご守護いっぱいに生かされて、数えきれないほどの親心をかけていただいています。

このご恩に気付いた時「心からありがたいなぁ」と思うことができ、感謝の気持ちが湧いてくると思います。

感謝しましょう! とよく耳にしますが、私はご恩が分かって初めて感謝できるのではないのかなと思います。

私は目に見えるものには気が付き感謝できるのですが、目に見えないものになるとすぐ当たり前になり、忘れてしまうことが多いです。

しかし、私たちはたくさんのご恩を頂いて日々生かされています。

このことに気付いて、ひのきしんをしたり、困っている人に声を掛けたりとたすけ合いながら、少しずつでもご恩を返していく生き方をしたいものですね。

そこには陽気な世界しか想像できません。

皆さん! いつもありがとうございます!

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