門田治「報・連・相を神様に」

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お詫びのおつとめ

26歳で教会長のお許しを戴いて3ヶ月を過ぎた頃でした。「Yさんの旦那さんが船から落ちて亡くなられたそうです」と、悲報を受けました。

すぐにYさんにお電話させていただくと「神様ってひどいですね。神様なんていないじゃないですか! ご守護の無い信仰なら辞めさせていただきます」とのお声。

無理な願いだとは分かりつつ、何とか息を吹き返していただきたい! そのためにも旦那さんにおさづけを取り次ぎたいと思い、「ご守護いただけたならおたすけのできるようぼくになっていただきます。どうかご守護いただきたい」という気持ちになっていました。

葬儀場に着きましたが、とある事情で旦那さんの亡きがらは今日はお戻りにならない様子。教会で報告のおつとめを勤め、明くる日、十二下りのお願いづとめも勤め、すぐに葬儀場に向かいました。

既にたくさんの方がお別れに来られていて、情けないことにおさづけを取り次げずに教会に戻って来てしまいました。取り次げなかったお詫びのおつとめをしました。

当時、1時間半掛けて朝づとめに来られるご婦人さんが2人居て、戦争で旦那さんを亡くされていました。「私達はお道の教えが支えだった。Yさんの心が心配だ。お願いづとめをしましょう」と提案してくれました。

神様の返答

お願いを続けて2週間が経った頃、Yさんから電話があり「夢に主人が出て来て『お母さん教会に行こうか? 喪服来て行かなきゃいかんかな』って笑いながら言うんです。主人は私が教会に行かなくなって心配していると感じました。また教会に行ってもいいでしょうか?」という内容でした。

さらに聴かせていただくと、

「不思議なことがあったんです。主人は診断書では12月1日朝8時に亡くなっているんですが、12月2日昼12時まで体温が38.5°Cあったんです」

2日の12時はお詫びのおつとめを勤めた時刻でした。「おさづけが取り次げず申し訳なかった。けれど、神様は待っておられたんだ!」と涙があふれました。

「Y家は短命の家系だったのでそのことを思えば主人は長生きさせていただいた。好きな釣り中に出直したのだから幸せだったのかもしれない」と、ふしの中からも喜びを見出してくださいました。

私たちがお願いしていたことをYさんは知りません。けれど、親神様・教祖がご覧くだされていたのです。

人間の親である親神様・教祖は、子供が約束をしたなら、その先で必ずお待ちくだされているのだと思います。

神様の存在を確信し、お願いやお礼だけでなく、神様に報告、連絡、相談しながら通らせていただくことの大切さに気付き、そうした神様と向き合う時間を積み重ねることが心を込めることなのだと私は思います。

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