冨松基成「ふしは必ず乗り越えられる」

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ふしは必ず乗り越えられる

先日、運転中に3トントラックに追突された。後日、母から「小出しにしていただいたのね。よかったわね」と言われた。小出し? よかった? 死にかけたのに?

私は、生まれながらの「色覚異常」。4年前には「脳梗塞」に。そして今回の「追突事故」だ。神様は一度に大きくではなく、小さく何回かに分けてお見せくださるのか。しかし、私にとっては大きいこと。この時、あるご逸話を思い出した。
それは、娘を亡くした梅谷四郎兵衛(うめたにしろべえ)先生が、教祖(おやさま)にそのことを申し上げると、「それは結構やなあ。」「大きい方でのうて、よかったなあ。」と仰せられた。『稿本天理教教祖伝逸話篇』184「悟り方」

人生では、時として思いもしない苦しみに出合う。教祖は、これを「ふし」と教えられる。親にとって、わが子の死ほどつらく苦しい「ふし」はない。

人間の親である親神様(おやがみさま)にとって人間はかわいい子ども。「ふし」には、わが子に「陽気ぐらし」ができるように成人をしてほしいとの親神様の深い深い親心が込められていると悟る。さらには大難(だいなん)を小難(しょうなん)にお守りくださっているのが私たちの親である。

陽気ぐらしの教えによって

竹などの樹木には節がある。その節のせいで折れやすく、病気にもなる。しかし、節があるおかげで強風にも雪の重みにも耐えられる。もし節から折れても、良い環境にあれば、そこから新たな芽を出す。

樹木が強いのは節があるから。私たちもさまざまな苦難(節)を経験することによって、折れないしなやかさ、強靭さを身に付けていく。

それは、明るく前進する力が湧いてくる陽気ぐらしの教えという良い環境によってであり、私も、その良い環境によって何度もたすけていただいた。

今、まさにつらく苦しい「ふし」にぶつかっているあなた。「ふし」は必ず乗り越えることができる。なぜなら「ふしから芽が出る」と仰り、いかなる「ふし」に直面しても、常に心陽気に通られた教祖の「ひながた」があるのだから。

「ふし」から良い芽を出せるように、心倒さず、心明るく「ふし」と真剣に向き合えば、その先にはきっと青く澄み渡った大空が見えてくる。なんとなく母の言葉の意味が分かったような気がする。

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