松村登美和「25年前の私」

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25年前の私~大学4年生・夏

アルバイト

大学時代はいろいろなアルバイトを経験した。学校の掲示板を見て、都合の良い日時のものを選んでいた。重宝したのは引っ越し手伝いだ。一日数時間だけなのに支払い額はなかなかのもので、引っ越し料金というのは高いはずだと、妙に感心した覚えがある。

そのほかに、模擬試験の試験監督や採点、スーパーマーケットの販売員、学校や青少年施設のキャンプ指導員、プール監視員などが主なテリトリーであった。授業が落ち着いた3年次からは水泳のコーチをさせていただいた。

キャンプについては、大学の選択必修科目に「野外教育実習」という授業があって、公立小中学校のキャンプ指導員も実習先に含まれていた。学校キャンプは単位が取得できて、バイト代まで頂けるという、何ともありがたい話であった。

本物の信仰者に

その「野外教育実習」の担当教授だった森田先生(仮名)は、僕にとってかけがえのない恩師だ。先生が主宰される自閉症児キャンプに参加したことをきっかけに、公私にわたりご指導いただくようになった。

大学3、4年の夏休み、僕は休みの半分近くをキャンプ場で過ごしていた。森田先生の手伝いとアルバイトで、だ。

4年生夏といえば、同級生の多くは就職活動に忙しかった。現在の就活は、実質3年生から始まるのが一般的だと思うが、当時は4年生の夏からが定番だった。

友人たちが忙しく動き回るのを横目で見ながら、僕はお道のご用、教会のご用に専念すると決めていたので、就職活動はしなかった。

ところが夏休みに入ったころに、進路に迷いはないと思っていたものの、友人たちの姿を見て心がざわめいた。というのは、夏前にある人から就職の誘いを受けていたからだ。

スーパーマーケットのバイトを通して、大手乳業メーカーの方と知り合っていた。その方が担当する販促キャンペーンの際には、指名でバイトの仕事を頂いていた。

夏休み前にその方からお電話を頂き、うちの会社に来ないか、と誘われたのだ。僕が天理教の教会の後継者で、卒業後その道に進むことはご存知だったのだが、あえて声を掛けてくださったのだ。

そのお話は丁重にお断りをして夏休みを迎えたのだが、心のどこかに、本当にこれで良かったのかな、と引っかかるものが生まれていた。

キャンプのある夜、森田先生にその気持ちを話してみた。生活をご一緒させていただくうちに、先生にはいろいろな悩みや相談ごとを打ち明けていた。アドバイスもたくさんちょうだいした。先生はこうおっしゃった。

「迷うことはない。君は天理教のプロになるんだろう。プロになるなら回り道をしている暇はない。真っすぐ天理教の道を進みなさい。歌舞伎の世界だって幼いころからその道で鍛えられるから、素晴らしい役者に育つんだ。信仰者の世界もそうだ。信頼される本物の人物になるには、若いころから経験を積み上げていかないと駄目だ」。

森田先生は、牧師資格を持つクリスチャンでもあった。

先生の言葉で僕は吹っ切れた。自信を持って大学を卒業し、今、この道を進んでいる。

25年を経た今、僕を大学に通わせてくださった方々、そしてご指導くださった多くの方々に改めてお礼を申し上げたい。そしてこれからも、しっかり務めを果たしながら、本物の信仰者に近づいていこうと思う。

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