かしものかりものについて– 関連するページ –
私たちは、身体は自分の思う通りに動くものだと思っています。しかし、私たちが身体を自由に使うことができるのも、親神様が体内に入り込んで、限りないご守護を下されているからです。
たとえば、朝、目が覚めるのも、食べたものが血や肉になるのも、呼吸ひとつにしても、自分で意識してやっているのではありません。
病気になって、熱が1、2度上がっただけで、自由に動かせるはずの身体もままならなくなります。
このことを「身はかしもの・かりもの」と教えられます。身体は、親神様から人間への「貸しもの」、人間の側から言えば「借りもの」だということです。
もっと詳しく知りたい人は、天理教ホームページ「教えについて」かしもの・かりものへ